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秩父夜祭り 2006

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e0062530_2182276.jpg師走突入。何かと慌ただしく、ブログの更新がさっぱり出来ずにいたけれど、夜祭りのことだけは年明け前に語らねばなるまい。こんなに深く堪能、感動した夜祭りは初めてかもしれんです。
ここ数年は、祭りに出かけられてもジモピー繋がりのVIPスペースで花火堪能するのがメイン。勝手知ったる路地裏を抜け、人混みをさけた分賑わいの中心からは離れていたのだな。今年は連れと二人で町中をじっくり歩いて出店や山車を満喫。秩父夜祭りの出店はすごく色んな店があるので、それを眺めるのも実に楽しいのだ。花火は通りの隙間からのぞき見しかできなかったけど、あ~やっぱり祭りの醍醐味は賑やかさに身を投じないと味わえないものだった!
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そして今年は久々に夜中まで頑張って団子坂曳き下ろし見学を決行。神事が行われる御旅所では、屋台と傘鉾六台が勢揃いして待機中。団子坂曳き上げは交通規制が入るようになって桟敷席に座らないと近づけないけれど、全部の山車が登り切ったらここは解放するのだ。人の波が去った後の曳き下ろしはバッチリ目の前で堪能できるという次第。これを見逃すのは勿体ないというものですよ。・・・鬼のように寒いけどね!
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e0062530_2139894.jpg私が子供の頃はまだ団子坂もアスファルトじゃなくて、交通規制もなく呑気に曳き上げのクライマックスに近づいた記憶がある。あの頃から人混みはすごかったハズなのに、良く大丈夫だったものだなあ。それだけ今は観光客が増えたということなんだろうか。
曳き下ろしが始まるまで、御旅所脇の出店でしばし暖を取る。・・・ギョッとする程高かったwうどん800円おでん1000円だったかな。深夜料金も入ってるんでしょうなこれ。暴利とか思うけど最近は昔ほど寒くないとはいえ、待つ間避難する場所があるのはやっぱりありがたい。でも今年はまだ過ごしやすい方だ。いつだったか見に来たときは、あちこちで焚き火を燃やして曳き子が暖をとっていた。それに近寄らないといられない位寒かった。今年はその焚き火も無い。まあだからこそ残って見学が出来たのだけど。今年は六台全部、御神輿が神社に帰るまで初めて見届けた。以下4枚は曳き下ろしの様子なり。
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屋台が団子坂を下り出すのはもう夜中の12時は過ぎてるだろうか。曳き下ろしは登りより難しいのではないかと感じてしまう。重さ10トン余りもある山車を急坂から曳き下ろすのだ。身を呈して支える様にはググッと緊迫感が走り、無事坂を下りるとホッと安堵の空気が漂う。
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ここまで残っていて何が嬉しいって、曳き子じゃなくても綱が曳けること。2日の宵宮とか人の少ない時には観光客でも綱が引けるようだけど、一番盛り上がるピーク時は危険なので曳き子以外が綱を曳くのはNGなのだ。昼間の曳き子も全員は残らず、ぐっと数が減る。飛び入りで残っている一般人が曳き下ろしに参加できるのもまた格別の醍醐味でありましょう。
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e0062530_22274444.jpgしかしけっこう着込んでても寒いのに、曳き子の人達はあんな薄着でこんな真冬にほんとすごいなと思う。私の町内には夜祭りの屋台は無く、親も曳き子に参加するタイプじゃなかったし、私自身青少年~青年期は秩父にいなかったのもありこの曳き子の世界のことはよく分からない。夜祭りは愛でて楽しく誇らしいものではあるけれど、子供心にこんなに寒いのにあんな大変なこと出来ない!なんて思った覚えもある。
以下3枚、人力のみで方向転換が行われる「ぎり回し」もすごい迫力だ。近年女性の曳き子がグッと増えたけど、山車に乗れるのは男のみ、この「ぎり回し」もどんなにパワフルな女子でもさすがに引き受けられないでしょう。頑張れ頑張れ男性群。
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そんな訳でどこか一線を引いて眺めていた曳き子の人達に、今年は初めてじっくり気持ちを向けてみた。タイミング良くテレビ秩父で、山車に乗って「ホーリャーイ」と叫ぶ囃し手(襦袢着ともいう)の人々のインタビューも見れた。山車に乗れるのは生涯一度きりと聞いたことがある。晴れ舞台を熱く語る人、照れて流す人、いろいろだ。気持ちを向けると不思議と近づくようで、祭りの間立ち寄った飲食店で曳き子の人達と隣り合うことが多かった。曳き子をするためにこの時期帰郷すると言う男の子。「祭りは神事であって、山車はあくまで付け祭り。バカ騒ぎするための行事じゃないんだ」と、とうとうと若手に語る青年曳き子。思わず耳をそばだてる。茶髪でピアスの子も、祭りへの「想い」ありきでの参加なんだなと心に伝わってくる。そりゃ騒ぐが目的で参加する子も多いだろうけど、「祭りが好きだ!」という若い人達がこんなにもいるのだな。終わる頃には「ワッショイ!」と叫ぶ声だって枯れている。それでも、「ウチの町内が一番ですよ」と誇らしげな兄ちゃんもいた。何だか嬉しい。もう真夜中、人気のなくなった大来ど真ん中でまだまだお祭り騒ぎ。これがOKな街なんだ。秩父って改めてすごいぞと思った。

さてここからは真面目な話。がっと語らせてもらう。
近年、祭りや行事の日程を変えて毎年週末にしようという動きが活発だ。秩父夜祭りも観光客の動員のためその要望があるという。が、神社と屋台町会は猛反対。私はよくぞ突っぱねてくれたものだと思う。神事は人間の都合でいじって良いものじゃないのだ。懇意にしている神主さんから、数字、つまり神事の日程にはとても意味があるのだと聞いた(曜日にも意味があるらしいけど、この場合の変更要望はその主旨じゃないので割愛)。3という日に大祭を行うのは秩父のためにとても良いらしい。神社境内での神事は1~6日の間行われているけど、町内の付け祭りは2,3日だけ。本当は1日が前夜祭,2日に山車を曳き,3日に花火と団子坂曳き上げのクライマックスを迎えたらもっと秩父が繁栄するという。まあこれは秩父の神主さんが言っていた話ではないし、実現は難しいだろうけど。e0062530_23583449.jpg

週末にしないと参加がしづらいのは、観光客ばかりでなく地元で祭りに携わる人も同じようだ。「秋蚕仕舞うて麦蒔き終えて、後は夜祭り待つばかり」と季節と一斉に暮らしを共に出来た昔とは生活のリズムが違う。皆仕事を休んだりして携わる。中には祭りに出れなくなるからと転勤を断ったという話も聞いたことがある位だ。祭りへの誇りと責任感と愛着と・・・様々な熱い想いに支えられて続いているのだ。日程を変える、というのはその想いの集約を根幹から切り倒すことにもなりかねないと思う。人が作り出すものには価値観と願望が反映される。想いが全てを作り出すといっても過言ではないはずだ。秩父の人間は、今はもう秩父を離れた者もこの時期になると「もうすぐ夜祭りだね」が挨拶代わりになる。そうやって想いは集約され、形を成して行くのだ。成人の日、体育の日、固定の日を捨て週末に変更された行事は、当事者でもない限り頭から存在が希薄になる。イメージの落とし所が定まらなくなるのだろう。それはすでに実感していることだ。きっとクリスマスだって日程を週末に変えたら、ここまで全国規模で浮かれることはいずれ無くなる気がする。パーティやイベントごとならそれでも良い。でも、夜祭りは「楽しい」だけでは行えない「厳しさ」があるのだ。どんなに観光客が詰め寄せたって、山車は曳く人がいなくなったら動けない。目先の利益や価値観に振り回されたら300年以上の伝統が泣くというものだ。一週間の概念だって、家庭や地域より会社優先の生活だって、邪魔な電線が張り巡らされたのだって、夜祭りの歴史からいったらまだまだ日の浅いこと。その現代的な生活はもう行き詰まって崩壊し出しているではないか。観光客誘致のために出来る努力だってもっと他にたくさんあるはずだ。クライマックスの団子坂が見れない街の狭さ、細かい点の不案内に不満をもらす声も少なくないのだ。

団子坂からそれぞれの町へと帰る山車に付いていき、私も少しだけ綱を曳かせてもらった。屋台の重さがグッと腕にかかる。大勢の力を合わせないとビクとも動かないことがヒシヒシと伝わってくる。ギシッと動き出すと、皆の力が一体となってこの大きな屋台を動かしているのだと全身で体感する。これはとても感動だった。綱を曳くのは川瀬祭りでも子供の頃体験しているけれど、こんな風に感じたのは初めてだ。祭りというのはこうやって地域の繋がりを一つにする、また育むためにも必要なものなのだなと思った。自分のことだけ考えていればいい、という今の風潮に負けず守るべき本質も宿っているのだ。
御神輿、神馬が神社へ戻るのを見届けたときはもう3時をとっくに過ぎていた。最後の屋台が蔵へ入るのは4時を過ぎることだろう。まさに夜祭り。最高の祭りだ。

秩父夜祭りの基礎知識http://www.shunjinkai.or.jp/yataibayashi2/kisochishiki/kisochishiki.htm
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by chano-suke | 2006-12-30 01:10 | 祭り・イベント